<最近の記事>


2014年05月04日

国民が今読んで涙すべき程の理念有る 日本国憲法!!

今や暴走政権とも言われる、安倍政権。
憲法改正論議もある中、以前投稿の記事を、再投稿・・

300万人もの日本国民が戦時下で亡くなった太平洋戦争・・・戦後70年もの間、平和の恩恵を受け続けて来たと言うのに、その平和さへ自ら放棄する事も容認するような理念にすり替えようとしている現状は、本当に嘆かわしい。 最終的に言った本人、変えた本人達は絶対に責任を取らない日本で 許される事ではありません。

先の震災及び原発事故以後、脱原発の機運が高まったものの、その気持ちや機運も何処へやら・・最終的に責任を取らない者達の理屈だけで 原発推進 已む無しに戻りつつある現状と 何処か似ている。

さて、震災、原発事故以後 どの政治家が糾弾され、厳罰に処せられたでしょうか?


-----------------------------------------------

ここ最近のニュースで驚いた事は数多くある中で、更に驚いたのが以下のニュース
スイスのジュネーブで開かれているNPT=核拡散防止条約の会議で、核兵器は非人道的なものだとして、 いかなる状況でも使用すべきではないなどとする共同声明が提出されましたが、
唯一の被爆国の日本はこの声明に署名せず、NGOなどから批判の声が上がりました。

日本政府・自民党の真意が何処にあるのか? なぜ日本は署名をしなかったのか? これは問題のある傾向だと懸念している”これ使おう”


この記事を昨日途中まで書いている中で、奇しくも大阪の橋下徹市長が記者団に次のような事を話された。
日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長は12日、自民党の憲法改正草案について「公権力を前面に出しすぎており、怖い。僕らの世代以降には共感を得られないと感じる」


そして、この記事を書こうと思ったのがこの理由・・・
昨日のニュース番組で、コメンテーターの方が、『あたらしい憲法のはなし』と言う太平洋戦争終結後に短期間使用されていたと言う、中学校1年生用社会科の教科書を紹介されていた。旧文部省発行の本で、日本国憲法の精神や中身を易しく解説している、形式で書かれている。
これを読むと、あまりに 今の私達には当たり前な事の筈なのに、逆に崇高に感じて 今の世相の妙な流れの中、心が締めつけられる思いで読んでしまった。 


これを読まれたら、皆さんはどんな気持ちになって、今の政治を見るようになるのだろうか?と思い抜粋してご紹介。 七 基本的人権だけは 一部 ”これ使おうに”にて漢字混じりに、そして 六 戦争の放棄は原文のまま 掲載。
著作権は切れているので、今は青空文庫で自由に読む事も出来ます。更に読んでみたいと思われた方は
是非 青空文庫でお読み下さい。





七 基本的人権


空襲で焼けた所へ行ってごらんなさい。
焼けただれた土から、もう草が青々と生えています。
みんな生き生きと茂っています。草でさえも、力強く生きて行くのです。
ましてや皆さんは人間です。生きて行く力があるはずです。
天から授かった自然の力があるのです。
この力によって、人間が世の中に生きて行くことを、誰も妨げてはなりません。
しかし人間は、草木と違って、ただ生きて行くと言うだけではなく、人間らしい生活をして行かねばなりません。
この人間らしい生活には、必要なものが二つあります。それは「自由」ということと、「平等」ということです。
 
人間がこの世に生きて行くからには、自分の好きな所に住み、自分の好きな所に行き、自分の思う事をいい、自分の好きな教えに従って行けることなどが必要です。

これらのことが人間の自由であって、この自由は、決して奪われてはなりません

また、国の力でこの自由を取りあげ、やたらに刑罰を加えたりしてはなりません

そこで憲法は、この自由は、決して侵す(おかす)ことの出来ないものであることを決めているのです。

また我々は、人間である以上は皆同じです。人間の上に、もっと偉い人間がある筈は無く、
人間の下に、もっと卑しい人間があるわけはありません


男が女よりも優れ、女が男よりも劣っていると言うこともありません。

みな同じ人間であるならば、この世に生きてゆくのに、差別を受ける理由はないのです。差別のないことを「平等」といいます。そこで憲法は、自由と一緒に、この平等ということを決めているのです。
 

あたらしい憲法のはなし 原文のまま
六 戰爭の放棄


 みなさんの中には、こんどの戰爭に、おとうさんやにいさんを送りだされた人も多いでしょう。ごぶじにおかえりになったでしょうか。それともとう/\おかえりにならなかったでしょうか。また、くうしゅうで、家やうちの人を、なくされた人も多いでしょう。いまやっと戰爭はおわりました。二度とこんなおそろしい、かなしい思いをしたくないと思いませんか。こんな戰爭をして、日本の國はどんな利益があったでしょうか。何もありません。たゞ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。戰爭は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことです。だから、こんどの戰爭をしかけた國には、大きな責任があるといわなければなりません。このまえの世界戰爭のあとでも、もう戰爭は二度とやるまいと、多くの國々ではいろ/\考えましたが、またこんな大戰爭をおこしてしまったのは、まことに残念なことではありませんか。

 そこでこんどの憲法では、日本の國が、けっして二度と戰爭をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戰爭をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戰力の放棄といいます。「放棄」とは「すててしまう」ということです。しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの國よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。
 もう一つは、よその國と爭いごとがおこったとき、けっして戰爭によって、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとおそうとしないということをきめたのです。おだやかにそうだんをして、きまりをつけようというのです。なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、じぶんの國をほろぼすようなはめになるからです。また、戰爭とまでゆかずとも、國の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことにきめたのです。これを戰爭の放棄というのです。そうしてよその國となかよくして、世界中の國が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の國は、さかえてゆけるのです。
 みなさん、あのおそろしい戰爭が、二度とおこらないように、また戰爭を二度とおこさないようにいたしましょう。
以上


アベノミクス ならぬ アベノミックス で景気回復と憲法改正を天秤に乗せられている日本国民・・・悩ましい限りで歯痒い。

-----------------------------------------------

当時、誰もが聴いて涙しただろう 「長崎の鐘」・・・私達は平和にもっと感謝しなければならない と長崎県出身の”これ使おう”強く思ってる次第、国民全体が悲しみ、苦しみ、そして嘆きのどん底へおとしめる戦争を二度としてはならない。道徳は親が教えるもの、学校では平和の尊さを教えるべきです。


スポンサードリンク


posted by これ!使おう at 09:45 | 再発見・再認識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ページのトップへ戻る


< お昼寝中なの・・・
sumaho.JPG
<娘は夢の中>